60_リアリティ追求の歴史と文化の軌跡08

朝焼けのサーキットに並ぶACE・LMU・RENNSPORTのピット。未来へと進むレースシム文化の夜明けを描いた油彩風の絵。

 レースシム ─リアリティ追求の歴史と文化の軌跡─

第8章 未来への航路──ACE・LMU・RENNSPORT、そして次の時代へ

変革の現在(いま)

2020年代半ば。つまり今。
レースシム文化は、再び大きな変革期を迎えようとしている。

「Modの時代」は成熟し、「商業シム」は安定した。
一時期、両者の間に横たわっていた“分裂”は、今、ゆるやかに溶け始めている。

文化としてのシムが再び語られ、
技術と情熱の交差点に立つプレイヤーと開発者の距離が縮まっている。

この“いま”を象徴するのが、
Le Mans Ultimate(LMU)Assetto Corsa Evo(ACE)Assetto Corsa Rally(ACR)
そして新興のRENNSPORT。さらに、往年の理想を取り戻そうとするProject Motor Racing(PMR)だ。 (※執筆は2025/10現在で、発売されていません。)

それぞれが異なる理想を掲げながら、目指す先はひとつ──
「リアルをもう一度、人の手に取り戻す」こと。


LMU──信頼を積み重ねた公式の成熟

LMU(Le Mans Ultimate)は、Studio 397とMotorsport Gamesによって開発されたWEC公式シムである。
その物理エンジンはrFactor 2(ISI/gMotorの後継)を基盤とし、十数年にわたる改良が積み重ねられてきた。

初期のLMUは、早期アクセス版としてリリースされた。
当初は不安定さも目立ったが、Studio 397は誠実な更新と透明なコミュニケーションで信頼を取り戻す。
安定化・最適化・UI改善を地道に重ね、2025年に正式リリースを迎える頃には、
コミュニティの間に「公式が作るべきリアル」の姿を取り戻したと評価されるようになった。

LMUは、自由な文化の中で培われた“職人の技術”を、
公式競技の中で運用できる形へと昇華させた。
ここには、かつてのrFactorの精神──オープンな技術を共有しながらも、精度を追い求めるという哲学が生きている。

LMUは「商業シム」でありながら、“文化の延長線上にある公式”として存在している。

そしてrfactor3へと想いは続いていくのだ。


ACE──期待と現実のはざまで

Assetto Corsa Evo(ACE)は、Kunos Simulazioni が再び送り出した“原点回帰の挑戦”である。
2014年のACが築いたMod文化の象徴として、ACEは「次世代の自由」を掲げて発表された。

ACE は、Kunosが再び“体感のリアル”を磨こうとした挑戦だった。
AC が築いた文化、ACC が構築した競技基盤、
そして次世代の物理やグラフィックスにオープンワールドの構築。
そのすべてを一つのプラットフォームに統合しようとした挑戦である。

しかし、その規模は想像以上に大きく、
結果として Early Access の期間は長くなり、0.4 までの道のりも慎重な歩みになった。

これは「何かを諦めた」わけではなく、
逆に“全部やろうとしたからこそ” 開発が重くなった。

ユーザーの期待値が高いタイトルであるがゆえに、
待たせる時間も長くなり、開発へのプレッシャーも大きくなった。

その現実こそ、ACE が背負う特別な宿命と言える。

ACEは、限られたリソースの中で、
・「拡張されたMod互換」
・「物理モデルの再設計」
・「新グラフィックレンダラー」
などを進めているが、
開発ペースは緩やかで、ファンの声と現実の間で揺れている。

多くの人が感じている。Kunosは商業的に拡張するよりも、
“感覚のリアル”という本質を守る方向で進化すべきスタジオだ。
ACEがそれを思い出す時、文化は再び息を吹き返すだろう。


ACR──“外部の手で進化するKunosブランド”

Assetto Corsa Rally(ACR)』。
その名前から多くのファンは「Kunosの新作」と思っただろう。
だが、実際には少し異なる。

ACRは、Kunos Simulazioni のエンジンライセンスを受けた外部スタジオによって開発が進められている。
Kunos本体が直接開発しているわけではなく、
彼らの技術と哲学を受け継いだ“新たな精鋭チーム”がその名を託されているのだ。

このプロジェクトの起点は、少なくとも4年前。
当時すでにKunosと開発チームの間で密約のような協議が始まっていたとされる。
Kunosにとっては「自らのブランドでラリー分野に進出できる」チャンスであり、
新スタジオにとっては「Assetto Corsa」の名を背負うことで世界に名を知らしめる機会だった。

4年温存された計画──その静かな動き出しは、ACEが難航する今という時期に重なった。
ACEが“文化の再生”を掲げながらも、その歩みが大きな挑戦に直面している今、
ACRは“拡張されたブランドの新章”として表舞台に現れたのだ。

ACRの開発チームは、欧州各地から集まったベテランデベロッパーによる精鋭部隊。
それぞれが異なるシムの経験を持ち寄り、
Kunosエンジンをベースにラリー専用の物理モデルと地形生成システムを構築している。

この開発形態は、まさに現代的なハイブリッド構造と言える。
──外部開発 × 内部技術 × 文化的遺伝子。

ACRが挑むラリー領域は、舗装路とはまったく異なる難題を含む。
不均一な路面、気象変化、ダイナミックな地形変化、そして視覚的没入感の再構築。
それは単なる新作ではなく、Kunosの技術が他者の手で新しい現実を作り直す実験でもある。

ACEが“内側から文化を蘇らせる”存在だとすれば、
ACRは“外側からブランドを拡張する”存在だ。

この流れは、Kunosがスタジオとして成熟したことを示すものでもある。
自分たちの技術を信頼できる他者に託し、文化的DNAを外に拡散する──まるで“弟子を持つ工房”のように。

もしこの試みが成功すれば、
Kunosは開発者としての役割を超え、文化の指導者的立場へと進化する。
そして、レースシム文化そのものが、再び“舗装路の外側”へと広がることになるだろう。
(※この記事は2025/10 発表時点で執筆しています。)


RENNSPORT──“秩序の次世代”を掲げた挑戦者

RENNSPORTは、ドイツ発の新興スタジオCompetition Company GmbHが開発するシムで、
“eスポーツとシミュレーションの融合”を掲げて登場した。

他の作品がMod文化やオープンな拡張を重視するのに対し、
RENNSPORTは最初から“閉じたエコシステム”として設計された。
車両・コース・アカウント・ランキング・公式大会までをすべて統合管理する。

この“完全統合型”アプローチは賛否を呼んだ。
自由を求める層には窮屈に映り、競技性を求める層には安心感を与えた。

RENNSPORTは、“文化”ではなく“仕組み”としてリアルを構築しようとしている。

グラフィック品質はUnreal Engine 5の光と影を活かした演出は新時代を感じさせる。
一方で、「リアルとは何か」への答えが曖昧なまま、整然とした未来像だけが先行している。
それはまるで、管理された美しさと、文化的熱量の狭間で揺れる未来の象徴でもある。


PMR──原点回帰の旗を掲げた者たち

Project Motor Racing(PMR)は、かつてSlightly Mad Studiosにいた開発者たちによって立ち上げられた新プロジェクトである。

Madness Engineの血を受け継ぎながらも、再び“人のためのリアル”を取り戻そうとしている。

彼らが開発中の新世代エンジン 「Hadron Physics Engine」 は、Madnessを基盤に再構築された物理系エンジンだ。

演算精度は720Hzに達し、タイヤ・サスペンション・空力がモジュールとして独立して動作する。

有限要素解析による接地パッチ変形を採用し、Madnessが追求した“体感のリアル”を、“研究できるリアル”へと進化させようとしている。

PMRの哲学は、「現実的な遊びやすさと、職人的リアルの融合」。
それは、かつてProject CARS 2が掲げた理想を再構築する試みでもある。

開発はまだ途上だが、プレイヤーの間では「最後の職人たちによる再挑戦」として注目されている。
もし成功すれば、“Madness”の血脈は再び文化的象徴へと返り咲くだろう。


終章:いま、文化は円環する

LMUが“公式と技術の融合”を達成し、
ACEが“文化の再生”を模索し、
ACRが“新しいフィールド”に挑み、
RENNSPORTが“次世代の秩序”を築こうとしている。
そして、PMRが“原点の炎”を取り戻そうとしている。

分裂していた文化は、いまゆるやかに円環し始めている。

レースシムとは、もはや“ひとつのゲーム”ではない。
それは、開発者・プレイヤー・配信者・職人が共有する長い文化の営みであり、
その時代ごとの“リアル”の定義を映す鏡だ。

そして今、我々はその歴史の真ん中にいる。
ACEも、LMUも、RENNSPORTも、PMRも、どれもが未来へ続く一章にすぎない。

文化は止まらない。
技術は冷たくとも、そこに触れる人の手がある限り、
リアルは、常に再構築され続ける。


次章予告

第9章 もう一つの時間軸──シム文化を育てたコミュニティと職人たち

20年の時を経て、シミュレーション文化は再び“個人”の手へ戻る。
小さな工房が築く環境、配信、記録、共感──
そこに新しい“文化の火種”がある。


📚 参考資料

※本シリーズは、各時代の資料・インタビュー・開発史をもとに再構成した記録です。
可能な限り事実に基づいて執筆していますが、一部には当時の証言や推測を含む部分があります。
内容に誤りや補足情報がありましたら、コメントなどでお知らせいただけると幸いです。

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