🏁 レースシム ─リアリティ追求の歴史と文化の軌跡─
第5章 商業化と分裂──Kunos・Studio 397・Slightly Madの岐路
文化から産業へ

2010年代半ば。
“自由の文化”を掲げていたレースシムは、静かに「産業の時代」へ移っていく。
eスポーツ化、公式ライセンスの厳格化、グラフィック表現の高度化。
小さな工房が研ぎ澄ました理想は、より大きな体制のなかで再定義を迫られた。
当時、ISI(Image Space Incorporated/rFactor・gMotorエンジンの開発元)が築いた物理技術は、各地で派生し、別々の理想を宿して進化していく。
本章は、その“分裂と継承”を三つのスタジオ──
Kunos、Studio 397、Slightly Mad──の岐路としてたどる。
Kunos──理想を商業化する挑戦

Assetto Corsaで“作るリアル”を取り戻したKunosは、文化の中心に躍り出た。
しかし第4章で触れたとおり、自由の爆発=収益の安定ではない。
Modが世界を広げるほど、公式の管理は難しくなり、収益構造は脆い。
そこでKunosは、Digital Bros(505 Games)の支援を受け、
公式ライセンス前提のAssetto Corsa Competizione(ACC)へ舵を切る。
グラフィックはUnreal Engineに統合。
“見せるリアル”と“運営の安定”を優先し、Modは封印された。
小さな工房は、公式スタジオとしての責務を引き受けた。
理想の延長ではなく、現実と釣り合う選択へ。
Kunosは“自由の旗手”から“秩序の担い手”へ、役割を変えた。
Studio 397──技術を継ぐ者たち

rFactor2を生み出したImage Space Incorporated(ISI)は、
小規模ゆえに商業的な成功には届かなかった。
それでも、彼らの技術は途絶えることなく受け継がれていく。
2016年、ISIはrFactor2の開発・運営ライセンスを
オランダの新興スタジオ Studio 397 に委譲した。
397とは、“理論上の最高速度(397mph)”を意味する数字。
その名の通り、彼らは技術の頂点を目指した。
ISIから移籍したエンジニアたちは、
動的路面やタイヤモデルの改良など、
rFactor2を“研究の場”として進化させていく。
しかし、商業的な課題は残り、やがて
Motorsport Games の傘下へと入ることになる。
こうして、ISIが築いた物理演算の魂は
Studio 397に引き継がれ、さらに
『Le Mans Ultimate(LMU)』という形で再結晶する。
“研究するリアル”は、“大会を支えるリアル”へ。
それはrFactor文化の延長であり、ISIの遺伝子の証だった。
技術は生きた。だが、文化の自由は眠った。
彼らは“職人の火”を、公式運営の灯に移し替えた。
Slightly Mad Studios──“商業Modder”からの独立

Slightly Mad Studios(SMS)は、もともとrFactorベースのModチーム「Blimey! Games」として活動していた。
彼らはISIのgMotorエンジンを商用ライセンスの形で使用し、
『GTR』『GT Legends』『GTR2』などの開発に関わっていたメンバーを母体にしている。
2009年、独立したSMSはgMotorをベースに独自の改良エンジン「Madness Engine」を構築。
これは、gMotorの車両挙動モデルを再設計し、グラフィックレンダラーをDirectX世代に刷新した“商業仕様版gMotor”と言えるものだった。
同時にネットコードやUIを独自実装し、オンライン主体の時代に備えた。
このMadness Engineは、
『Need for Speed: SHIFT』『 Unleashed』『Project CARS』シリーズへと受け継がれていく。
物理的な挙動はrFactorの系譜を持ちながら、
ビジュアル表現・天候・時間変化などを統合した“演出もリアルな世界”を作り出した。
やがてこのエンジンは、Reiza Studiosがライセンスを取得して『Automobilista 2』へ転用。
そして現在、Straight4 Studios(Ian Bellが率いる新チーム)がこの系譜を再び進化させようとしている。
だが“血”は残る。
エンジンと職人は別の船へ。
そしてReiza(Automobilista 2)、次章で触れるPMRに継がれていく。
物理エンジンの血統:gMotor・Madness・AC Engine
ここで一度、エンジンの系譜をまとめておく。
タイトル名ではなく“物理の血筋”で眺めると、時代の意味が見えてくる。
- gMotor 系(ISI 起点)
rFactor → GTR/Race07(SimBin) → rFactor 2(Studio 397) → LMU
特性:高精度なタイヤ・路面、Mod前提の設計。研究系の面影が強い。 - Madness 系(gMotor 改造血統)
Project CARS 1/2/3(Slightly Mad) → Automobilista 2(Reiza) →(派生の技術・人材がPMRへ)
特性:描画・天候・多機能の統合が得意。調律次第で“走る感覚”が化ける。 - AC Engine 系(Kunos 独自)
Assetto Corsa(独自物理) → ACC(独自物理+Unreal描画) → ACE(構想/現代化)
特性:“体感のリアル”重視。軽量・低レイテンシの思想が核。
どの血統も「リアル」を目指す。
だが、“何をリアルと呼ぶか”の哲学が違う。
分裂の先に見えた再統合の兆し
2010年代は、文化が分裂し、企業が分かれ、エンジンが枝分かれした時代だった。
それでも、技術と人は流れ続ける。
MadnessはReizaの手で研ぎ直され、
gMotorの精神はLMUに受け継がれ、
KunosはACCで“運営できるリアル”を作った。
文化は一度ほどけ、技術がそれをつなぎ直す。
その先に、もう一度“作る自由”へ向かう動きが生まれる。
次章予告
分裂の時代を越えて、Automobilista 2は“Madness”に再び魂を入れた。
職人の調律、路面の手触り、走る喜び。
エンジンの血脈は、文化の息を吹き返す。
次章では、その再生の具体と、PMRへ続く“現代の挑戦”をたどる。
第4章 新たな自由──Assetto Corsa、“作るリアル”の革命(前の章)
📚 参考資料
- リアル系レーシングゲーム歴史年表(LockeFactory Online)
- レースシム ─リアリティ追求の歴史と文化の軌跡─ (まとめページ)
※本シリーズは、各時代の資料・インタビュー・開発史をもとに再構成した記録です。
可能な限り事実に基づいて執筆していますが、一部には当時の証言や推測を含む部分があります。
内容に誤りや補足情報がありましたら、コメントなどでお知らせいただけると幸いです。
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