60_リアリティ追求の歴史と文化の軌跡07

リビングの一角に設置されたレーシングコックピットで、若者が真剣にハンドルを握る。窓から差し込む光とモニターのサーキットが交わる油彩風の絵。
家庭の中で芽生えた“リアル”。グランツーリスモが生んだ文化の広がり。

🏁 第7章 カジュアルがリアルを動かした時代

もう一つの時間軸 eSportsが結んだ二つのリアル


競技の時代の到来

2017年。
“リアルシム文化”にもう一つのリアルを追い求める姿があった。

カジュアルな世界からリアルへの変貌を遂げるもう一つの時間軸
『グランツーリスモSPORT』 が登場し、
“リアルを競う”という新しい文化を広げていた。

この作品は、家庭用ゲーム機で初めてFIA(国際自動車連盟)の公式認定を受け、
eSportsとしてのモータースポーツを一般層に開いた。

それは、「プロが遊ぶゲーム」ではなく、
「誰でもプロになれる舞台」だった。

ここで初めて、
“競うリアル”が大衆のものになった。


技術の壁が消えた日

『グランツーリスモSPORT』は、
遊びと競技、カジュアルとプロ、家庭用とPC――
あらゆる境界を少しずつ溶かしていった。

そして『グランツーリスモ7』で、その溶け合いは決定的になる。

PS5世代では、VR(PSVR2)やダイレクトドライブ対応ハンコンによって、
“本物の手応え”がリビングで再現された。

もはやコンシューマ機は「入門」ではなく、
リアルシム文化のもう一つの主戦場になった。


リアルを体験した大衆、リアルを求める大衆へ

GT7は、リアルを「見せた」だけでなく、「体験させた」。
それによって、多くのプレイヤーが
“リアルとは何か”を初めて肌で感じるようになった。

そしてその一部は、
「もっと深く」「もっと自由に」リアルを追求したいという衝動に突き動かされ、
PCの世界へと歩を進めた。

そこには、最初から“リアルであろうとしたリアル”があり、
GT7によって目覚めた新しい層が合流したことで、
シムレーシング全体の人口がかつてない規模へと拡大していった。

こうして、PC文化で育まれたリアルの理想は、
家庭用の現実へと流れ、またPC文化も進化させていった。


リアルな手ごたえを感じたユーザーは次々と進化していく。
さらなるリアルを求め、家庭用のリビングに、PCを。
また、Fanatec、Simagic、Mozaといった
本格機材が並び始めたのはこの頃だ。

それは“趣味の分野”を越えた、文化の転換点
GT7によって“リアルを体験した”プレイヤーたちの熱が、
やがてPCシム文化へと波及していった。

ハンコンブームと文化の転換

こうして高まった熱量が、ハンコン市場の爆発的拡大を生んだ。
GT7の登場以降、Fanatecを筆頭にSimagic、Mozaなど
本格機材の出荷台数は前年比200%を超えた。

SNSでは、プロ・アマを問わずリグ紹介や走行動画が溢れ、
「ハンコンを買う」ことが“リアルへの第一歩”になった。

リアルを“遊ぶ”時代から、
リアルを“創る”時代へ。
そして今、その両者が再び結びつこうとしている。

職人たちが磨いた“理論のリアル”と、
グランツーリスモが育てた“体験のリアル”。

GT7が灯した熱が、PC文化の薪に火をつけ、
rFactor2、AutoMobilista2、ACC、iRacingにも新しいユーザーを流入させた。
一方、PCシムの改造文化がGTファンの間に逆輸入され、
SimHubなどテレメトリーを利用した技術が共有されるようになった。

文化は壁を越えた。
もう“PC”か“コンシューマ”かではなく、
“リアルを感じるか”だけが分岐点になった。


グランツーリスモ7がもたらした「リアルの民主化」

2022年に登場した『グランツーリスモ7』は、
単なるシリーズ最新作ではなかった。

この作品は、“リアルの民主化”を成し遂げた。

PS5とダイレクトドライブハンコンという新しい組み合わせが、
誰にでも「リアルを感じる手段」を与えた。VRの取り組みも行われ、
物理演算は進化し、挙動はもはや“リアルシム”の領域に達していた。

それまで特別だったリアルが、
リビングに降りてきた。

そして、その瞬間から文化の主導権が変わった。


ハンコンが「文化の象徴」になった時代

GT7のリリース以降、ハンコン市場は急成長した。

SNSでは「初めてのハンコン」「自作コックピット」「夜の走行練習」といった
動画や写真が爆発的に増えた。

それは単なる流行ではない。
“リアルを志すこと”が日常になった瞬間だった。

かつては職人のものだった“理想のリアル”が、
いまや数百万人の“共通体験”になっていた。


eSportsが広げた“もう一つのモータースポーツ”

eSportsの発展も、この波を後押しした。
グランツーリスモだけでなく、F1 Esports、WEC Virtual、
さらにはアマチュア主催のオンラインリーグが無数に生まれた。

現実のモータースポーツに憧れて始めた人々が、
シムの世界で自分のサーキットを持つようになった。

「実車がなくても走れる」
という思想が、“夢の代替”ではなく“夢のもう一つの形”になった。

この文化の中で育った世代は、
いずれ実車レースにも影響を与えていく。


現実を逆に動かす文化

この現象は、もはやゲーム業界だけの話ではない。
自動車メーカーが公式にシムレース大会を開き、
シムで腕を磨いたドライバーが現実のレースに参加する。

“シミュレーションが現実を模倣する”時代から、
“シミュレーションが現実を作る”時代へ――。

かつてのモータースポーツがシムを導いたように、
今はシムがモータースポーツを導いている。


🔻次章予告

第8章「未来への航路──ACE・LMU・RENNSPORT、そして次の時代へ」

家庭のリビングにまで届いた“リアル”は、 いまや再びPCの世界へと還っていく。 シミュレーションは、職人のガレージを飛び出し、 企業、AI、そして新たなテクノロジーが再び文化を塗り替えようとしていた。

次章では、Le Mans UltimateAssetto Corsa Evo、 そしてRENNSPORTという、 それぞれ異なる思想を掲げた“新世代の挑戦者たち”を追う。

静かに始まった再構築の時代── その先にあるのは、新たなリアルの夜明けか、それとも終焉か。


📚 参考資料

※本シリーズは、各時代の資料・インタビュー・開発史をもとに再構成した記録です。
可能な限り事実に基づいて執筆していますが、一部には当時の証言や推測を含む部分があります。
内容に誤りや補足情報がありましたら、コメントなどでお知らせいただけると幸いです。

【コメント】 あなたのSimLifeの感想やアイデアもぜひ。

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