60_リアリティ追求の歴史と文化の軌跡06

夜明けのサーキットで、一人のエンジニアがピットに立ち、遠くに走るレーシングカーを見つめている。再出発と希望を象徴する油彩風の絵。
夜明けの光が照らすピット。Reizaが示した「もう一度リアルを信じる力」。

🏁 レースシム ─リアリティ追求の歴史と文化の軌跡─

第6章 再統合と再構築──Reizaが灯した希望

再統合の萌芽

ブラジルの小さなオフィスで働く開発者たちを描いた印象派風の油絵。南国の光が差し込む中、複数の開発者が真剣にモニターへ向かい、壁にはレーストラックの設計図やAutomobilistaのポスターが飾られている。Reiza Studiosの職人気質な情熱を象徴する。
ブラジルの小さな開発室。派手な宣伝もなく、ひたむきにリアルを磨き続けた職人たち。ここからAutomobilistaシリーズが生まれた。

2010年代の終盤、レースシムの世界は“分裂”を経験した。
商業化によって文化は細分化し、エンジンも理念も枝分かれした。
だが、その裏で静かに「再統合」の動きが始まっていた。

分裂の原因となったもの──商業と自由の対立
そして技術の分散
それを乗り越えようとしたのが、
ブラジルの小さな独立系スタジオ、Reiza Studiosだった。

彼らは派手な宣伝も行わず、地道に信頼を積み重ねてきた。
彼らにとってレースシムとは「文化」ではなく「日常」。
それを支えるのは、職人気質の開発者たちの粘りだった。


Reiza Studios──職人たちの帰還

Reizaは2000年代後半、ブラジルの開発者たちが立ち上げた小規模チームだ。
初代『Automobilista』(2016)は、rFactor 1(ISI製gMotorエンジン)をベースにして作られた。
つまり、彼らはISIの思想を継ぐ正統な職人
でもあった。

南米の実在レースを舞台に、手作業でチューニングされた物理。
レース文化への敬意と地元愛が詰まった作品は、世界的に高く評価された。

Reizaの哲学は「自分たちが走っている世界を、同じ熱で再現する」こと。

だが、彼らのこだわりは時代に逆行していた。
eSportsの波が押し寄せ、商業的な開発が主流になる中、
Reizaは「Modと職人の文化を守る」道を選んだのだ。


“Madnessを制御する狂気”──技術の再調律

やがて、gMotorという古い基盤に限界が訪れる。
単一スレッド構造によるCPU負荷、老朽化したグラフィック、VRや動的天候への非対応。
“物理のリアル”を保てても、“体験のリアル”には届かない。
それでも彼らは妥協を嫌い、模索を続けた。

2019年、Reizaは大きな決断を下す。
それは、かつての仲間が作り上げた別のエンジン――
Slightly Mad Studiosの“Madness Engine”を採用することだった。

Madnessは、もともとrFactor(gMotor)の思想を継ぎつつ、
Slightly Madが商業的に再設計した派生エンジンだった。
美しい描画、動的天候、時間変化、VR、マルチスレッド処理。
最新世代の機能をすべて備えた“理想的な進化形”。
しかし同時に、制御の難しい暴れ馬でもあった。

ReizaがMadnessを選んだのは、単なる技術移行ではなかった。
それは、古い友の遺伝子を受け継ぐ、
gMotorの限界を越え、“感じるリアル”を再構築するための挑戦だった。

彼らはエンジンの数式を分解し、再構成した。
サスペンション挙動、摩擦係数、タイヤ温度モデル、AI補正。
一行ずつ解析し、再定義していく。

「制御不能なMadnessを、手の中に収めてみせる。」

やがて、『Automobilista 2(AMS2)』は完成する。
Project CARSが見せた“映像のリアル”に、
rFactor譲りの“手応えのリアル”が融合した。

それはまさに、“二つの血統の再統合” だった。
同じエンジンを使いながらも、中身はまるで別物に仕上がっていた。


コミュニティと共に育つシム

Reizaは、開発者とユーザーの壁を作らなかった。
公式フォーラムでは開発者が直接議論に参加し、
Modderとの共存も続けた。

フォーラムそのものが、かつてのrFactor時代のような“開発現場”になっていった。
ユーザーの修正が公式に取り込まれることも珍しくなく、
Reizaはまさに“共創型スタジオ”として文化の中心に返り咲いた。

Reizaは「作る自由」と「遊ぶ自由」を同じテーブルに置いた。

AMS2は商業的な大ヒットにはならなかったが、
職人文化の復活という意味では、誰もが認める成功だった。


職人のリアルから文化のリアルへ

AMS2でReizaが実現したのは、
「作る自由」と「走る自由」が共存する世界だった。

Madnessという商業エンジンの上で、職人の魂を取り戻す。
それはかつてKunosが夢見た“自由のリアル”の再来でもあった。

Reizaは、技術と文化、自由と秩序の橋を架けた。
彼らが灯した小さな火は、確かに次の世代へと引き継がれていく。

文化は、企業ではなくコミュニティによって維持される。
Reizaはその原点を思い出させた。


次の時代への橋

Automobilista 2の成功は、
失われかけた“Mod文化の温もり”を取り戻すきっかけになった。
その波は他のスタジオにも広がっていく。

Kunosは『Assetto Corsa Evo(ACE)』で限定的なMod開放を再検討し、
Studio 397も『Le Mans Ultimate(LMU)』でワークショップ対応を模索し始める。
Slightly Madの元開発者たちは、**Project Motor Racing(PMR)**として再始動した。

エンジンは違えど、魂は一つ。
Reizaが灯した火は、業界の隅々にまで届いた。

今、レースシムは再び“文化”として息を吹き返している。
Mod職人、実況者、配信者、データ解析者。
それぞれが役割を持ち、ひとつの生態系を作っている。


次章予告

第7章 カジュアルがリアルを動かした時代

次回は、もう一つの時間軸として、大衆が動いたその時を追います。
今日に続くハンコンブームを巻き起こしたあの作品である。


📚 参考資料

※本シリーズは、各時代の資料・インタビュー・開発史をもとに再構成した記録です。
可能な限り事実に基づいて執筆していますが、一部には当時の証言や推測を含む部分があります。
内容に誤りや補足情報がありましたら、コメントなどでお知らせいただけると幸いです。

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